2014年2月26日水曜日
靴下を手編みで。
初めて編み物に夢中になったのは小学生の頃。というわけで、わたしの編み物歴はかなり長いのですが、靴下を編むのはこの冬がはじめてだったりします。
で、編んでみての感想は、立体ができてくる感じが楽しい!はいてみての感想は、なんだかものすごく贅沢なことしてる感じ!そもそも衣類の中でも靴下には無頓着なほうなので、自分で編んだ靴下をはくというのはこそばゆい感じさえあります。
でも。そんな手編みの靴下をはいてみると、これを機に足をもっと大事にしようかな、なんて思えてくるのでした。たかが靴下、されど靴下。材料もそんなにいらないし、編む時間もそんなにかからないという意味で、特別感のコストパフォーマンスは一番かもしれません。
今回はウールで編みましたけど、春用にコットンで、夏用にリネンで編むものいいな。ちなみに、この透かし編みの編み地は「ホースシュー(蹄鉄)」というそう。ウマ年だし、今年つくってはくのにぴったり?
編み図はこの本を参考にしました。
2014年2月20日木曜日
ダイヤ柄のキャップ
これでもか、とアラン編みの模様がはいったセーターを編み終えたときは、ちょっと燃え尽きたような、もうしばらく編み物しなくてもいいかな、という気分になりました。が、数日後、気持ちが、というより、手が編み物のリズムを思い出してうずうず。
手元に残ってる毛糸はパピーのミニスポーツ100g。これで編めるもので、かつアラン編みのものを、と編み図をセレクトした結果、ダイヤ柄のキャップができあがりました。セーターに比べるともうあっという間にできあがり。
どうも、パピーのミニスポーツはアラン模様がしっかり出る糸のようで、出来上がりは参考にした本の写真のものよりもキリリ。そのためか、大きめポンポンがかなり目立って、ガーリーな感じです。
ためしに、父や弟にかぶせてみたところ、ポンポンが恥ずかしいよう。男の人ってポンポンつきに抵抗あるのかなあ…。
ところで冬のオリンピックはニット帽ウォッチングがたのしいです。今朝の北國新聞の1面トップの写真は、スノーボード女子パラレル大回転で銀メダルを獲得した竹内智香さんでしたが、彼女の隣に写っていた女性は赤のニット帽(ダイヤ柄!)がものすごく似合ってました。
そして、帽子をたのしむには、髪はセミロングよりもボブぐらいの長さがいいのかも、とも思うようになって、近々美容院に行こうかと検討中。春は風も強いし、首にもあれこれ巻くことを考えると…、なんて、どうも自分でつくったものは、意地でも身につけ着こなしたいと、気合いがはいるような気がします。
そもそもは、ちょっと編み物がしたかっただけなのですが。笑
編み図はこの本を参考にしました。
2014年2月3日月曜日
クラシカルアランセーター完成!
昨年12月に編み始めたアラン編みのセーター、やっと完成しました!涙
編み図は、三國万里子さんの『冬の日の編みもの
』で、今回は毛糸も指定されたとおり、パピーのミニスポーツの生成りを使用。
編み始めの頃は、まあたらしい毛糸で編むっていいな♪とウキウキしてましたけど、アラン模様の編み間違い、さらには編み図自体が間違ってたことがわかって…、と、前&後ろ身頃は3回ぐらい編むことに。でもおかげでこのアラン模様を身体で覚える感じになり、模様が仕上がっていくリズムというか達成感を肌で感じることとなりました。
前&後ろ身頃と両袖を仕上げた後はそれらをつないだところから目をひろって首を輪編みで編みます。つまり、これまでに編んだ全重量(約700g)が首部分を編んでる両腕にかかるので重い!おかげでゆるめに編んでしまったようで、首は段数少なめで長さがでてしまいました。
そしてあとは各部分をつなげて、出てる糸を処理して終了。なんとか冬が終わる前に間に合ったけど、もう春の気配( -e-)
で、まだ洗って目をととのえるとか、アイロンかけるとかしてないのですが、とにかく着てみました。あったかいです。そもそも並太の毛糸がぎっしりなので、厚さも機械編みのセーターとは全く違います。さらに模様が立体的なので、余計に厚くなってます。アラン模様って空気を含む分、より暖かくなる効果もあるのかな?
だんだん春めいてきましたが、まだしばらくは続くであろう、ぐっと冷え込む日はこのセーターで乗り切ろうと思います☆
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アラン編みに願いを。
編み図は、三國万里子さんの『冬の日の編みもの
編み始めの頃は、まあたらしい毛糸で編むっていいな♪とウキウキしてましたけど、アラン模様の編み間違い、さらには編み図自体が間違ってたことがわかって…、と、前&後ろ身頃は3回ぐらい編むことに。でもおかげでこのアラン模様を身体で覚える感じになり、模様が仕上がっていくリズムというか達成感を肌で感じることとなりました。
前&後ろ身頃と両袖を仕上げた後はそれらをつないだところから目をひろって首を輪編みで編みます。つまり、これまでに編んだ全重量(約700g)が首部分を編んでる両腕にかかるので重い!おかげでゆるめに編んでしまったようで、首は段数少なめで長さがでてしまいました。
そしてあとは各部分をつなげて、出てる糸を処理して終了。なんとか冬が終わる前に間に合ったけど、もう春の気配( -e-)
で、まだ洗って目をととのえるとか、アイロンかけるとかしてないのですが、とにかく着てみました。あったかいです。そもそも並太の毛糸がぎっしりなので、厚さも機械編みのセーターとは全く違います。さらに模様が立体的なので、余計に厚くなってます。アラン模様って空気を含む分、より暖かくなる効果もあるのかな?
だんだん春めいてきましたが、まだしばらくは続くであろう、ぐっと冷え込む日はこのセーターで乗り切ろうと思います☆
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アラン編みに願いを。
2014年1月15日水曜日
アラン編みに願いを。
今年はじめての更新となります。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、前エントリーにも書いたように、2014年は帽子をたくさん編もう!と思っていたのですが、その前にアラン編みのセーターをひとつ自分用に、と編み始めたのがなかなかに大変でまだ終わりが見えません。たぶん、今月中に終わればいいほうで、もしかしたら来月まで持ち越すかも。この冬着れたらいいなあ、と気が遠くなっています。
アラン編みとは、アイルランド西方に浮かぶアラン諸島発祥の編み物。ケルト人女性によるシンボリックな模様が特徴なのですが、その模様ひとつひとつに願いごとが込められているそう。例えば、日本のセーターでもよく使われる模様、ケーブル(縄編み)は漁師の使うロープを表し、漁の安全と大量の願いが込められているのだとか。
わたしが今編んでるセーターは、そんなアラン編みの古典的な模様をいくつも組み合わせたもので、編み図は三國万里子さんによるもの。仕上がってくると、おおう!と感動がありますが、ものすごおく手間がかかります。もちろん編み図をみた時点でそんなことはわかっていたのですが、雪山に挑戦するような気持ちでトライ。
そして今わたしは遭難しかかっております( -e-)。前身頃と後ろ身頃、ずしりと重さのある2枚を仕上げて、袖を編み始め、すっかり下山気分だったのですが、よくよく模様をみてみると、なんか変。編んでる時も違和感があったのですが、編み図とは一致してるしこんなもんか、とその時は必死だったのもあってとりあえず編んでた部分が、今になって編み図自体が間違っていた!?ということを知って愕然。文化出版局さん、もっとはやく教えて欲しかった!!涙
模様を間違えたって、セーターとしては問題ないんですが、でも、一応アラン編みって願い事のかたまりなんだよね、という目で見てみると、やっぱ編み直しだなあと、泣きそうになりながらほどくことを決意して実行したのが上の写真。間違っていたのは、セーターの中央付近の模様で、「ダイヤモンド」柄の中の、「ハニコム(蜂の巣)」柄でした。
柄にこめられた願いごとはというと、「ダイヤモンド」が成功や富、財産を、「ハニコム」はミツバチのように働き、報酬を得られることを意味するそうな。簡単に言えば、しっかりはたらいて、富を得る、みたいな感じ?
というわけで、今年は働くぜ!という気持ちをこめて、ハニコム、蜂の巣の部分を意識して丁寧に編むつもり。
他にもこのセーターは「スプーン」柄に食物に不自由せず健康でいられることを、「ケーブル」柄で漁の安全と大量を、と盛りだくさん。まあ、これだけの願い事があっさりかなうとは限らない訳で、願い事がつまってるだけ編むのが大変なのは当然かもしれません。
そもそもきっとこの複雑な模様は、漁に出た家族を待つ時間などに脳裏に浮かぶ様々な不安を静かな祈りに変えていく、写経のような役目をしてるのかも。自分のために編むのもいいけど、やっぱり誰かのために編むのが似合うセーターだなあとも思うのでした。
この本の編み図で編んでます。これから編む方はぜひ訂正表をチェック!
アラン模様の意味については、この本を参考にしました。
さて、前エントリーにも書いたように、2014年は帽子をたくさん編もう!と思っていたのですが、その前にアラン編みのセーターをひとつ自分用に、と編み始めたのがなかなかに大変でまだ終わりが見えません。たぶん、今月中に終わればいいほうで、もしかしたら来月まで持ち越すかも。この冬着れたらいいなあ、と気が遠くなっています。
アラン編みとは、アイルランド西方に浮かぶアラン諸島発祥の編み物。ケルト人女性によるシンボリックな模様が特徴なのですが、その模様ひとつひとつに願いごとが込められているそう。例えば、日本のセーターでもよく使われる模様、ケーブル(縄編み)は漁師の使うロープを表し、漁の安全と大量の願いが込められているのだとか。
わたしが今編んでるセーターは、そんなアラン編みの古典的な模様をいくつも組み合わせたもので、編み図は三國万里子さんによるもの。仕上がってくると、おおう!と感動がありますが、ものすごおく手間がかかります。もちろん編み図をみた時点でそんなことはわかっていたのですが、雪山に挑戦するような気持ちでトライ。
そして今わたしは遭難しかかっております( -e-)。前身頃と後ろ身頃、ずしりと重さのある2枚を仕上げて、袖を編み始め、すっかり下山気分だったのですが、よくよく模様をみてみると、なんか変。編んでる時も違和感があったのですが、編み図とは一致してるしこんなもんか、とその時は必死だったのもあってとりあえず編んでた部分が、今になって編み図自体が間違っていた!?ということを知って愕然。文化出版局さん、もっとはやく教えて欲しかった!!涙
模様を間違えたって、セーターとしては問題ないんですが、でも、一応アラン編みって願い事のかたまりなんだよね、という目で見てみると、やっぱ編み直しだなあと、泣きそうになりながらほどくことを決意して実行したのが上の写真。間違っていたのは、セーターの中央付近の模様で、「ダイヤモンド」柄の中の、「ハニコム(蜂の巣)」柄でした。
柄にこめられた願いごとはというと、「ダイヤモンド」が成功や富、財産を、「ハニコム」はミツバチのように働き、報酬を得られることを意味するそうな。簡単に言えば、しっかりはたらいて、富を得る、みたいな感じ?
というわけで、今年は働くぜ!という気持ちをこめて、ハニコム、蜂の巣の部分を意識して丁寧に編むつもり。
他にもこのセーターは「スプーン」柄に食物に不自由せず健康でいられることを、「ケーブル」柄で漁の安全と大量を、と盛りだくさん。まあ、これだけの願い事があっさりかなうとは限らない訳で、願い事がつまってるだけ編むのが大変なのは当然かもしれません。
そもそもきっとこの複雑な模様は、漁に出た家族を待つ時間などに脳裏に浮かぶ様々な不安を静かな祈りに変えていく、写経のような役目をしてるのかも。自分のために編むのもいいけど、やっぱり誰かのために編むのが似合うセーターだなあとも思うのでした。
この本の編み図で編んでます。これから編む方はぜひ訂正表をチェック!
アラン模様の意味については、この本を参考にしました。
2013年12月23日月曜日
帽子と2013年。
年始には雪かきをしながら「雪かきの防寒にニット帽は必需品!」と再確認し、編んだ帽子を母や義妹がかぶってくれた姿に満足し、街を「歩く」人をみれば帽子をチェック。高齢者は帽子率が高いなあとか、夏は紫外線よけ、冬は防寒になるなあと、ふむふむ。年を重ねるにつれ、帽子のおしゃれって重要度が増すのかも。帽子をつくったりデザインできる人になれるといいな、でもまず材料とか道具とかいるし、何か仕事を、うーん、語学がんばってみようかな、と帽子転じてTOEIC受験に精を出してみた春。
そして気がつけば、今までかぶっていた春の帽子たちがそれほど似合わなくなってしまったことを発見。帽子の切り替え時期?と思いつつ買い足すこともしないまま夏。あまりに暑いので帽子で汗かくのもやだな、でも日焼けも気になる、と日傘デビューしたものの、やっぱ夏は夏の帽子かぶりたい、と思ってるうちに秋。
で、ここにきてやっと、多少なら帽子のための道具や材料なんとかなりそう、と実感を得ながら、ニット帽を編んでみることにして、まずはリサイクルした毛糸で3つ編んでみて、さらには新しい毛糸でもひとつ編んでみて、糸が違うと立体感の出かたが全然違うことを実感。ニットは糸を知るの大事だなあ、と気づきつつあります。
一方で、今年は大河ドラマ「八重の桜」を熱心に観ていたのですが、明治になってからの八重さんのファッションに釘付け。特にお帽子が素敵☆で毎回毎回楽しみでした。そして街でも、あのクチュールなエッセンスをニット帽におとしこんだ帽子をかわいくかぶってた人を見かけて大興奮。帽子って面白いなあ、と好奇心全開のまま年末。
帽子は前から好きだったけど、2014年はもう少し深入りしてみることになりそう。
2013年12月10日火曜日
3つ目でジャストサイズ。
寒い日に歩いたり、自転車に乗ったりするのに(個人的に?)必須!なのが帽子。なのでニット帽はシーズン毎にひとつは必ず編んでかぶりたおす、のですが、今年選んだ編み図はなかなか思うようなサイズというか、ゲージにたどりつけず、結局3つも編んでしまいました。写真左から、10号棒針でゆったりめ編み、9号棒針でゆったりめ編み、9号棒針できつめ編み、で、サイズにするとわずかな差なのですが、かぶったときのシルエットが全然違うというくせのあるキャップです。
3つ目に編んだ真ん中のキャップがジャストサイズというか、かぶった時にわりと好きなシルエットになったのと、毛糸がなくなったのでここで終了としましたが、あらためて編み図が載っていた本をみてみると、もともとデザイン的とも違う方向にいっちゃったかも。ニット帽の難しさを思い知りました。
そして、つばとボンボンがついてると、ボーイッシュ+αな感じで、誰にでも、ってわけにはいかない帽子のよう。両親にかぶってもらったところ、かわいいもの好きな母にはつばはあわないようで、父にボンボンは何か違う、ってな感じで、まあつばもボンボンもとっちゃえばいいんですが、へえ、そういうものなのか、と。
とまあ、帽子のデザインについて多くを語ってくれる編み図とも言えるのでした。例えばボンボンまわりの目の減らし方。まっすぐ編んでぎゅっと絞るんじゃなくて、つないだまま減らし目していくので微妙な丸さが残ります。これをもっと丸くしてみたら?逆にとがらせてみたら?と、なぜかアレンジしてみたくなる帽子なのでした。
ちなみに、今回の毛糸は、もともとカーディガンにしていたものをマフラーにして、で、それをさらにほどいて洗って巻きなおして帽子にしています。
2013年11月26日火曜日
毛糸と編み物。
今シーズン初の編み物は、かぎ針編みのティッシュケースカバーになりました。編み図もなにもなく、ただ糸とかぎ針だけで適当につくったのですが、好みの仕上がりになってかなり満足♪
今回使用した毛糸は、手芸屋さんで買ったものではなくて、もともと母がセーターとして買ってきたもの。毛糸はすごくかわいいのに、残念ながらわたしの身体にはあわない形のセーターだったので、思い切ってほどいて…。と、わたしの記憶にあるのはここまでで、ティッシュケースカバーをつくろうと思った時、なんとなくこの糸を使用。
でも、義妹にこのティッシュケースカバーをみせたところ、「あ、ネックウォーマーと同じ糸!」との反応が。そう、この毛糸でこの春、義妹にネックウォーマーを編んだのを、すっかり忘れてました。ノリノリで記念撮影とかしてたのに、すっかり忘れてた。笑
そして、さらにまだ残った毛糸は、おなじくかぎ針編みのポケットティッシュケースカバーとなりました。というわけで、ひとつのセーターがネックウォーマーとティッシュケースカバーとポケットティッシュケースにリメイクされました。笑
とまあ、ある程度太さがあって、個性もある糸は、たのしくリサイクルできる素材として魅力的だなあと思います。
原理的には細い糸でも同じことができるはず、と、今年はハイゲージニットのセーターを淡々とほどいて紡いで、をやってはいるのですが、30時間以上作業してもまだセーターの解体が終わりません。逆にいうと、ハイゲージなものを編むには、やっぱり手じゃなくて、機械をすばやく動かして、にしないと、大変なのだなあと、実感。
なんてことをやっていると、服屋さんでセーターをみても、もっぱら気になるのは糸というか毛糸なのですが、買うのは結局ハイゲージなものだったりします。ローゲージなざっくりニットは自分でつくりたいし、というのと、ローゲージで糸もデザインもよいものは高価だからだったりしますが、これやってると、またハイゲージニットをほどいて、編みなおして、に時間をつかってしまうことに。
そろそろ覚悟を決めて、好きな糸、探しにいかなくちゃ。
2013年11月7日木曜日
壊れた物たちの病院 (the Hospital for Broken Things)
新しいもの、を入手したときには特有のわくわく感があります。それは本、そして雑誌にももちろん当てはまり、「新創刊」で「最新号」だったりすると、さらにその気持ちは高まるわけで。
と、「新創刊」で「最新号」な文芸誌、「MONKEY」の1号を読んでみたところ、ワクワクはだんだんと懐かしさへと変化。なにしろ、20年程前によく読んだ作家、ポール・オースターの青春が特集だったので無理もありません。
さらには、今だからこそ心に響くのかも、な部分もちらほら。
病院はオースター作品の主要な要素ではない。が、二〇一〇年刊、小説としてはいまのところ最新作である『サンセット・パーク』には、「世界一小さな病院」が出てくる。小説の中の病院ですが、こういうとこあったら、行ってみたいなあ。昔はきっと、何かを売るお店はその修理も担当していたんだろうけど、最近はどんどんそういうとこ、少なくなってきてるわけで。そして修理するより、新製品を買うのが簡単だしお金がかからない、ってことが多々。たぶん、その流れを象徴するのは携帯電話やコンピューター。
といってもこれは、人間の病を治す病院でなければ、動物病院でもない。その名も「壊れた物たちの病院」(the Hospital for Broken Things)。すべてがデジタル化されていくなかで忘れられ捨てられていくアナログな物たちを修理する病院である。(p.106;柴田元幸 ポール・オースター A to Z)
この病院の「院長」ビング・ネイサンに言わせれば、ベトナム戦争以降、「アメリカ」という理想はもうほとんど無効になったにもかかわらず、ひとつだけまだ、ほぼ全国民がしがみついている理念がある。それは「進歩」(progress)の理念である。ビングはこの理念に真っ向から反対する。負け戦だとはわかっている。でも、それを前提として受け容れた上で、携帯電話を避け、コンピューターを避け、週末はジャズバンドでドラムスを叩き、平日は病院を営む。(p.106)わたしもささやかながら、戦っています。自分で修理できるものは修理し、修理にだして直してもらえるものは直してもらってできるだけ長く使う。
時間やお金に換算すると完全に負け戦なのですが、心の充足度はなかなかのものです。あとデジタルというかコンピューターについてはもともと好きだからどうしようもなく、進歩とやらになんとなくついていくのかも。でも個人的にはスマートフォン、もしかしたら要らないかも。
2013年11月3日日曜日
カメラを修理してみたら。
部屋の片づけをしてたら、ずっと使ってなかった二眼レフカメラが出て来ました。
ホコリまみれだし、フィルムいれて数枚とってそのまま放置。という、実にかわいそうな状態で、そんなふうにものを扱った自分も嫌になりつつ、なんでこんなことになってるんだっけ?と思い返してみると、そもそもこのカメラ、2007年の能登半島地震の時に棚から落下して故障。修理にだそうもこのカメラを買った中古カメラ屋さんは既になく、どうしたものかと思ってるうちに、だんだん自分もフィルムカメラで写真を撮らなくなり、さらにはもういっそ、iphoneのカメラだけでいいや、と、フィルムから遠のいているうちに、はたと気づくと、以前ブローニーフィルムを扱ってたお店ではもうフィルムの取り扱いがなくなり、さらにはメーカーの生産量が落ちてるとか、価格の高騰とか、戻ろうにも戻りがたいところに来ちゃったのかもしれないと気づきました。
だからといってこのカメラ、捨てられるかというと捨てられず、使えるものなら使いたい。と思いはじめた時に、何度かブローニーフィルムの現像をお願いしたことがある、金沢のスターカメラというお店だったらもしかして、と持って行ってみると、こころよく修理を受けつけてくれて一安心。
しかし。頼れるカメラおじさんはすこし悲しそうに、「レンズがね…。」と言葉を濁し、修理代金も当初言ってた額の半分以下。ホコリまみれだったカメラはすっかりきれいになり、部品のゆるみもなおりましたが、全て元どおりとはいかなかったよう。それでも、持ち歩くだけで、ファインダーをのぞくだけでもかなり嬉しく、iphoneを露出計がわりに昨日は何枚か写真を撮ってみました。
正直ちゃんと写ってるかは微妙。カメラ自体の問題もあるけど、操作方法わすれてるし、たぶん、ぼけぼけとか、何も写ってないとか、撮る側のいろんな問題ありそうですが、でも写真てそういうのが全部記録されるんだなあ、これが今のわたしだなあ、と、カメラもって写真撮って歩いてるうちに、記憶の整理がすすんでいくような、不思議な感覚に。
2007年春。能登半島地震はこのカメラをこわしただけでなくて、近くに原子力発電所があるというのがどういうことなのか、実感させてくれました。で、2011年春、ちょっとヒステリックなぐらい、原発のこと考えはじめたと同時に、全く写真が撮れなくなったわたしでしたが、このカメラを修理してもらったことで、心のなかの何かが修理されたような気持ちに。
レンズの傷は傷のまま、世界をみてみればいい。
2012年11月6日火曜日
2013年の手帳。
毎年この時期になると、来年の手帳を選ぶのがちょっとしたたのしみです。で、例年は文具店や書店をかなりうろうろするのですが、今年は書店を2件みただけで、結局はamazonさんでぽちっと注文してしまいました。選んだのは、石井ゆかりさんの星ダイアリー2013。
ここ数年は、自由ページがたくさんあって、自分にあったスケジューリングがしやすい手帳を、という基準で選んでいました。が、2013年は外出先でたくさん文章を書くってことはしないような気がするし、ちょっとしたことならiphoneに書けばいい。予定もそんなにたくさんいれないし、だったらやっぱりiphoneで十分。
一方で、常々気になってスケジューリングにとりいれてみたかったのは、月のリズム。なんだか妙にイライラすると思ったら新月で、眠れないようなちょっと緊張した感じがすると思ったら満月で、と月のリズムと自分の心身のリズムの関係に気づいた経験が少なくないので、で、その度にあらかじめ対策しておけばよかったなあと思うことが多いので、2013年は月を意識して過ごしてみることにしました。
この星ダイアリーには、毎日の月齢はもちろん、月のボイドタイム(月が次の星座に入るまで他の星とアスペクト(特別な角度)を作らない時間帯のこと)、さらには月齢と古くからの伝承、おすすめの過ごし方、が書いてあります。例えば今日は、十六夜(いざよい)月〜寝待月の期間にあたります。
こうした円形の時間感覚はもちろん、月だけでなく太陽や他の星々の動きについてもいえることで、星ダイアリーはそれをまるごと感じさせてくれる手帳といえるかも。月だけでなく、他の星々の動き、ホロスコープ、その解釈も書かれてます。
それにしても。一年のこの時期に来年一年の星占いだけではなく、毎月の星占いを読んでしまったなんて、もしかしたら初めての経験かも。笑
関連リンク
星ダイアリー2013 :: 幻冬舎コミックス
ここ数年は、自由ページがたくさんあって、自分にあったスケジューリングがしやすい手帳を、という基準で選んでいました。が、2013年は外出先でたくさん文章を書くってことはしないような気がするし、ちょっとしたことならiphoneに書けばいい。予定もそんなにたくさんいれないし、だったらやっぱりiphoneで十分。
一方で、常々気になってスケジューリングにとりいれてみたかったのは、月のリズム。なんだか妙にイライラすると思ったら新月で、眠れないようなちょっと緊張した感じがすると思ったら満月で、と月のリズムと自分の心身のリズムの関係に気づいた経験が少なくないので、で、その度にあらかじめ対策しておけばよかったなあと思うことが多いので、2013年は月を意識して過ごしてみることにしました。
この星ダイアリーには、毎日の月齢はもちろん、月のボイドタイム(月が次の星座に入るまで他の星とアスペクト(特別な角度)を作らない時間帯のこと)、さらには月齢と古くからの伝承、おすすめの過ごし方、が書いてあります。例えば今日は、十六夜(いざよい)月〜寝待月の期間にあたります。
月は満月の後、少しずつ欠けていきます。欠けるに従って、空に出る時間も少しずつ遅くなっていきます。と、読みどころ満載の手帳なのですが、こういう話を読むたびに面白いなあと思うのが、心理的時間は単なる直線だけでなくて、円にもなりうるということ。昔の人たちの時間と私たちの時間を直線で結んで昔と今、とすることもできますが、月を眺める昔の人を想う時、昔の人たちの時とわたしたちの時は同じ円上の点として重なります。
この、満月から下弦の半月のあいだの月は、長期的に養いたいものを作り始めるのに適している、とされています。長い時間をかけて育てる植物を植えたり、長期的に使いたいと思うものを購入するのによい時、と言われます。ゆっくりじっくり始めることが、この時期に適しているのかもしれません。ここから細っていく月に擬え、ダイエットを始めるのにもよい、と言う人もいます。(p.182)
こうした円形の時間感覚はもちろん、月だけでなく太陽や他の星々の動きについてもいえることで、星ダイアリーはそれをまるごと感じさせてくれる手帳といえるかも。月だけでなく、他の星々の動き、ホロスコープ、その解釈も書かれてます。
それにしても。一年のこの時期に来年一年の星占いだけではなく、毎月の星占いを読んでしまったなんて、もしかしたら初めての経験かも。笑
関連リンク
星ダイアリー2013 :: 幻冬舎コミックス
2012年9月20日木曜日
家電なiphone?
残暑厳しい毎日ですがみなさまいかがお過ごしでしょうか?わたしはというと、この夏、あまりの暑さに家の畳の部屋でごろんとすることが多くなったのですが、そんな「ごろん」のおともはというと、冷たい麦茶にクッションとタオルとタオルケット、そしてiphone。huluで海外ドラマや映画をたっぷりと観てたのしんでいます。
ところで先日、iphone5が発表されましたが、これまでと比べて画面が大きくなったのはとてもウレシクそして激しく納得。iphoneで動画を観るのって、文庫本で本を読むのにも似て、なかなか便利で快適なのですが、欲をいえばやっぱり画面が小さい。もうちょっと、ちょっとだけ大きいほうがいいな、特に字幕を読みたいときは、と思います。
さらに。持ちやすさ、という意味では、文庫本の余白にあたる部分がもっとあるといいなと思っていたところ、iphoneを丸みのある石の上に落として画面にひびが入る、という事故が重なり、以前よりプロテクト度が高そうなiphoneカバーというかバンパーを新しく入手するに至りました。上の写真は、そのバンパー(というより、もはやスタンド?)、Arkhippo2を装着してみた図です。
で、その後のiphoneの使い心地はどうかというと、動画を観るのが以前よりぐっと快適になった分、iphoneを観てる時間が長くなったような。このバンパーはかなり厚みがあり、ちょっとした重みも手伝って、iphoneを持ちやすくなりました。一方で、iphoneを持ち歩いて写真を撮ることが激減。石けん箱ぐらいの大きさがあるので、ポケットにはいらなくなり、また見た目、テレビのようなラジオのような、「ちっちゃな家電」な感じがするせいか、持ち歩こうと思うこと自体が減ったような。iphoneってカバーがかわるだけでこんなに使い方が変わってしまうのか、と自分でもちょっと驚いています。
ちなみに、以前のバンパーはというと、もちろん今でも使えるし、いつでも付け替えればいいのですが、よく見てみるとかなり汚れて傷もたくさん。石の上に落とす前も何回も落としていますが、それでも本体が壊れなかったのはこのバンパーのおかげかも。
それにしてもiphoneってなんでこんな壊れやすそうな素材でできてるんだろう…。
関連記事
iphoneにバンパーを。
ところで先日、iphone5が発表されましたが、これまでと比べて画面が大きくなったのはとてもウレシクそして激しく納得。iphoneで動画を観るのって、文庫本で本を読むのにも似て、なかなか便利で快適なのですが、欲をいえばやっぱり画面が小さい。もうちょっと、ちょっとだけ大きいほうがいいな、特に字幕を読みたいときは、と思います。
さらに。持ちやすさ、という意味では、文庫本の余白にあたる部分がもっとあるといいなと思っていたところ、iphoneを丸みのある石の上に落として画面にひびが入る、という事故が重なり、以前よりプロテクト度が高そうなiphoneカバーというかバンパーを新しく入手するに至りました。上の写真は、そのバンパー(というより、もはやスタンド?)、Arkhippo2を装着してみた図です。
で、その後のiphoneの使い心地はどうかというと、動画を観るのが以前よりぐっと快適になった分、iphoneを観てる時間が長くなったような。このバンパーはかなり厚みがあり、ちょっとした重みも手伝って、iphoneを持ちやすくなりました。一方で、iphoneを持ち歩いて写真を撮ることが激減。石けん箱ぐらいの大きさがあるので、ポケットにはいらなくなり、また見た目、テレビのようなラジオのような、「ちっちゃな家電」な感じがするせいか、持ち歩こうと思うこと自体が減ったような。iphoneってカバーがかわるだけでこんなに使い方が変わってしまうのか、と自分でもちょっと驚いています。
ちなみに、以前のバンパーはというと、もちろん今でも使えるし、いつでも付け替えればいいのですが、よく見てみるとかなり汚れて傷もたくさん。石の上に落とす前も何回も落としていますが、それでも本体が壊れなかったのはこのバンパーのおかげかも。
それにしてもiphoneってなんでこんな壊れやすそうな素材でできてるんだろう…。
iphoneにバンパーを。
2012年8月30日木曜日
坂本龍一+河邑厚徳 編著『エンデの警鐘 「地域通貨の希望と銀行の未来」』
『エンデの遺言』の続編ということで読んでみました。特に、番組で紹介されていた地域通貨についてもっとよく知りたかったというのがこの本を読んでみた動機です。詳しすぎてちょっと読みにくいところもありましたが、「人のシアワセに通じるお金の使い方とは何か?」について考えさせられる、かなり刺激的な読書でした。
「お金」はあまりにも身近なものだけに、自分や他の人がそれをどのように使っているのか、またその使い方によって、自分たちの生活がどう影響されているのか、見えにくい部分があると思います。この本では、お金の歴史や経済学説、さまざまな地域通貨の実践例、「銀行」の問題点とそれを修正しようとする試みを紹介して、多角的に「お金」について考えさせます。
読んでるとだんだん、現代の金融システムを続けていくと地球は人の住めない星になるかも、食料は一部の人しか手に入らなくなるのかも、という気持ちに。といっても、現代の金融システムの常識はそう古くからあったとは限らず、たとえば、「お金が利子を生む」ことになったのはこの100年ほどのことで、なんと、キリスト教、イスラム教、仏教の世界三大宗教では、1000年以上にもわたって金利は不法だとしてお金に利子をつけることを禁じてきたとのこと(p.35 第一章 未来を奪う経済学)。さらに、デンマークやスウェーデンといった、エネルギー先進国では、無利子銀行の試みがあり環境問題に寄与していたこと(第五章 オルタナティブな銀行が始まった)、脱原発を宣言しているドイツでは1988年に誕生した「エコバンク」が、環境のためのプロジェクトに投資する一方で、原子力産業には出資しないというスタイルをとっていたこと(第六章 環境と共存めざす銀行・地域を支える銀行)を知ると、現代の金融システムは絶対的なものではなくて、人々の意識次第で変えていくことができるかも、とほんのり希望を抱きました。
もちろん、こういうことはまずは自分から、ですが。
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『エンデの遺言』
「お金」はあまりにも身近なものだけに、自分や他の人がそれをどのように使っているのか、またその使い方によって、自分たちの生活がどう影響されているのか、見えにくい部分があると思います。この本では、お金の歴史や経済学説、さまざまな地域通貨の実践例、「銀行」の問題点とそれを修正しようとする試みを紹介して、多角的に「お金」について考えさせます。
読んでるとだんだん、現代の金融システムを続けていくと地球は人の住めない星になるかも、食料は一部の人しか手に入らなくなるのかも、という気持ちに。といっても、現代の金融システムの常識はそう古くからあったとは限らず、たとえば、「お金が利子を生む」ことになったのはこの100年ほどのことで、なんと、キリスト教、イスラム教、仏教の世界三大宗教では、1000年以上にもわたって金利は不法だとしてお金に利子をつけることを禁じてきたとのこと(p.35 第一章 未来を奪う経済学)。さらに、デンマークやスウェーデンといった、エネルギー先進国では、無利子銀行の試みがあり環境問題に寄与していたこと(第五章 オルタナティブな銀行が始まった)、脱原発を宣言しているドイツでは1988年に誕生した「エコバンク」が、環境のためのプロジェクトに投資する一方で、原子力産業には出資しないというスタイルをとっていたこと(第六章 環境と共存めざす銀行・地域を支える銀行)を知ると、現代の金融システムは絶対的なものではなくて、人々の意識次第で変えていくことができるかも、とほんのり希望を抱きました。
もちろん、こういうことはまずは自分から、ですが。
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『エンデの遺言』
2012年8月10日金曜日
『エンデの遺言』
今はすこし世論が変化してきた感がありますが、ちょっと前までは原発を止められない理由として「経済的ではないから」という説明をよくきいた気がします。そういわれると、「んー、経済には詳しくないしよくわからないけど、単純に考えて原発をやめると電気代が高くなって、そうすると多方面に影響が出るってことかなあ」となんとなく納得しそうになりますが、そこで原発のしくみをみてみると、燃料はそんなに「量」としてはいらなさそうだけど、なにしろ装置が大掛かりで制御が大変そう。しかも核廃棄物とやらがでてきて、その処理については、途方もない時間がかかることはわかっているけれども(10万年?)最終処分場は決まっていない状態。
ん、そもそも、原発ってなんで電気代が安くてすむんだろう?国が応援してたから比較的安いっていうのはわかるとして、発電した後の、核廃棄物の処理を考えたらとんでもなくお金がかかるのでは…。でもこれは、後のことだから考えないことにしたのかしら?モノの代金に、それを捨てるための費用がはいってないのと同じこと?ってことは、捨てる部分の負担は消費者、電気を使うわたしたちがするってことになるのかな?あれれ、核廃棄物って誰のもので誰の責任になるの?
前置きが長くなりました。この頃やっと「経済」と「環境」について考えるようになったわたくしですが、最近になって、子どもの頃の愛読書の作家、ミヒャエル・エンデが10年以上前にもうこの問題を考えて、で、NHKが番組をつくって本も出してだったことを知りました。で、まず、1999年に放送されたという番組を見てみたところ、無茶苦茶面白かった!!
2008年のリーマンショックあたりから感じていた、「そもそも今の経済システムっておかしいのでは?」という疑問に少し答えをもらえたような。ジゼルの「老化するお金」の話には、概念自体にいい意味でショックを受けました。
この番組で特に面白いのは、地域通貨のお話。利子がつかないことで循環するこうしたお金は、大恐慌後、1930年代に各地で発行され、地域経済を活性化したそう。具体的には、オーストリアのヴェルグルで使われた、「老化する(時間とともに価値が減る)お金」、アメリカのイサカアワー、ドイツの街ハレのデーマーク、スイスのヴィアの例が紹介されていました。どの通貨も購買力をその地域にとどめる働きがあるよう。
原発と同様、お金も人がつくったもの。経済システムを神様のように奉っていないで、危険な事故が起こらないか点検して、必要があれば変える姿勢が必要なんだろうけど、もし、そのシステムが自分にとって有利だったら、それをとめることがなかなかできないのが人間なのかもとふと思いました。
ところで、原発の核廃棄物処分場について、国内ではなくモンゴルで、というニュースが新聞に載ったことあったけどその後どうなったのかな?とググってみたところ、やはり構想としてはあるようで、先月の16日にはウランバートルの日本大使館前で脱原発デモがあったそう。モンゴルのウラン埋蔵量は世界一だとか。
ああ、ウランは危険だとわかってても、お金になると知ったら、採掘して売って、で、発電後の廃棄物も受け入れましょう、っていうのが「経済的」ってことになるのかな?そうだとしたら、そんな経済は、やっぱりどこか、変だと思う…。
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モンゴル 日本大使館にデモ 「核廃棄物 持ち込むな」| 東京新聞
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マーク・ボイル『ぼくはお金を使わずに生きることにした』
原子力発電所のこと。
ん、そもそも、原発ってなんで電気代が安くてすむんだろう?国が応援してたから比較的安いっていうのはわかるとして、発電した後の、核廃棄物の処理を考えたらとんでもなくお金がかかるのでは…。でもこれは、後のことだから考えないことにしたのかしら?モノの代金に、それを捨てるための費用がはいってないのと同じこと?ってことは、捨てる部分の負担は消費者、電気を使うわたしたちがするってことになるのかな?あれれ、核廃棄物って誰のもので誰の責任になるの?
前置きが長くなりました。この頃やっと「経済」と「環境」について考えるようになったわたくしですが、最近になって、子どもの頃の愛読書の作家、ミヒャエル・エンデが10年以上前にもうこの問題を考えて、で、NHKが番組をつくって本も出してだったことを知りました。で、まず、1999年に放送されたという番組を見てみたところ、無茶苦茶面白かった!!
2008年のリーマンショックあたりから感じていた、「そもそも今の経済システムっておかしいのでは?」という疑問に少し答えをもらえたような。ジゼルの「老化するお金」の話には、概念自体にいい意味でショックを受けました。
この番組で特に面白いのは、地域通貨のお話。利子がつかないことで循環するこうしたお金は、大恐慌後、1930年代に各地で発行され、地域経済を活性化したそう。具体的には、オーストリアのヴェルグルで使われた、「老化する(時間とともに価値が減る)お金」、アメリカのイサカアワー、ドイツの街ハレのデーマーク、スイスのヴィアの例が紹介されていました。どの通貨も購買力をその地域にとどめる働きがあるよう。
原発と同様、お金も人がつくったもの。経済システムを神様のように奉っていないで、危険な事故が起こらないか点検して、必要があれば変える姿勢が必要なんだろうけど、もし、そのシステムが自分にとって有利だったら、それをとめることがなかなかできないのが人間なのかもとふと思いました。
ところで、原発の核廃棄物処分場について、国内ではなくモンゴルで、というニュースが新聞に載ったことあったけどその後どうなったのかな?とググってみたところ、やはり構想としてはあるようで、先月の16日にはウランバートルの日本大使館前で脱原発デモがあったそう。モンゴルのウラン埋蔵量は世界一だとか。
ああ、ウランは危険だとわかってても、お金になると知ったら、採掘して売って、で、発電後の廃棄物も受け入れましょう、っていうのが「経済的」ってことになるのかな?そうだとしたら、そんな経済は、やっぱりどこか、変だと思う…。
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原子力発電所のこと。
2012年7月28日土曜日
坂本龍一+編纂チーム編『NO NUKES 2012 ぼくらの未来ガイドブック』
今月、7日と8日に行われた「脱原発」音楽フェスティバル、"NO NUKES 2012"にともなって発売された本。音楽フェスのガイドブックや記念本というより、あのイベントを行った人たちが、「脱原発」に関して最低限伝えたかったことがまとめて読めるという感じの内容です。できるなら眼を背けたいような事柄もたくさん、というかそれがほとんどですが、こんなに最悪の事態なんだと、逆に腹がすわるようなところも。
Part1では原発をめぐる最新の状況(小出裕章)をはじめ、エネルギーシフトの可能性(飯田哲也)、健康問題(鎌仲ひとみ、肥田舜太郎)、ふくしまに暮らすこと(吉田麻里香)、国際的視点(村田光平)、お金と経済と幸せ(吉原毅)、アート(奈良美智、ヤノベケンジ)が問題の深刻さ、重さを伝えます。Part2では、音楽フェスに参加したアーティストたちの思いや、最近の「脱原発」デモについての対談が綴られています。で、ラストはカイ・ファイファーによるスペシャル・コミック「放射能は永遠に」。
正直、昨夜読み終わってからは眠れませんでした。なんで日本は世界は人類はこんなことになっちゃってるんだろう、と。
そしてものすごくしみじみと、わたしがおばあちゃんになった頃、日本が「脱原発」までなんとかたどりついたとしても、放射能の問題は消えないんだなあと、わたしの命がつきて肉体が大地の一部になっても、放射性物質は地球をめぐり、生き物たちに影響してるんだろうなあ、と遠い未来を想いました。
昨日、義理の叔父がガンで亡くなったせいか、人の命のはかなさが身にしみます。生きているうちに、わたしにできることって何だろう?
フェスの忌野清志郎スペシャルセッションで、この曲だけは清志郎が歌ってる動画がステージに流れました。
同じ曲の割烹着〜ずバージョン。あー、音楽っていいなあ。
関連リンク
NO NUKES 2012
USTREAM: NO NUKES 2012 : 双葉町町長と船橋監督のアーカイブを公開中。
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原子力発電所のこと。
再生可能エネルギーとのおつきあい。
Part1では原発をめぐる最新の状況(小出裕章)をはじめ、エネルギーシフトの可能性(飯田哲也)、健康問題(鎌仲ひとみ、肥田舜太郎)、ふくしまに暮らすこと(吉田麻里香)、国際的視点(村田光平)、お金と経済と幸せ(吉原毅)、アート(奈良美智、ヤノベケンジ)が問題の深刻さ、重さを伝えます。Part2では、音楽フェスに参加したアーティストたちの思いや、最近の「脱原発」デモについての対談が綴られています。で、ラストはカイ・ファイファーによるスペシャル・コミック「放射能は永遠に」。
正直、昨夜読み終わってからは眠れませんでした。なんで日本は世界は人類はこんなことになっちゃってるんだろう、と。
そしてものすごくしみじみと、わたしがおばあちゃんになった頃、日本が「脱原発」までなんとかたどりついたとしても、放射能の問題は消えないんだなあと、わたしの命がつきて肉体が大地の一部になっても、放射性物質は地球をめぐり、生き物たちに影響してるんだろうなあ、と遠い未来を想いました。
昨日、義理の叔父がガンで亡くなったせいか、人の命のはかなさが身にしみます。生きているうちに、わたしにできることって何だろう?
フェスの忌野清志郎スペシャルセッションで、この曲だけは清志郎が歌ってる動画がステージに流れました。
同じ曲の割烹着〜ずバージョン。あー、音楽っていいなあ。
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再生可能エネルギーとのおつきあい。
2012年7月27日金曜日
ドイツ、脱原発宣言の背景。
東日本大震災の後まもなく、ドイツが脱原発宣言をしたのは記憶に新しいところ。上の動画は、映画『第4の革命』の監督、カール・A・フェヒナー氏に、ドイツのエネルギー事情についてインタビューしたものです。
エネルギーというと、技術的なこと、経済的なことが気になるのは、たぶんわたしだけではないと思いますが、まず大事なのは人々の気持ちと行動であって、技術的、経済的変化はそれに付随して起こるんだろうな、と感じさせてくれるお話でした。
特に心に残ったのは、ドイツの脱原発宣言の背景には、ドイツ人の自尊心、自立心の高まりについての歴史があったという説明(インタビューのはじめの部分)。もともと、ドイツは「デモ」をして国に反発するお国柄ではなかったそうですが、70年代には民主主義が若者を中心に広まり、80年代には、アメリカがドイツからモスクワへ核ミサイルを発射しようとしたのを「デモ」で止めたそう。
90年代には、グリーンムーブメントが起こり、エコロジー意識が高まるなか、1990年には電力買い取り法、2000年には再生可能エネルギー法と、脱原発&エネルギーシフトの土台ともいえる法律が定められます。その結果、2001年には全体の2.9%だった再生可能エネルギーによる発電が、現在ではなんと20%と、当初の予想をはるかに超える結果に。
ドイツ脱原発宣言の背景にあるのは、国民たちが自分の気持ちを表現し、政治がそれを受け止める、そんな信頼関係というか、コミュニティの一員であることの自覚のようなものなのかもしれません。
関連リンク
関口知宏ホームページ
エネルギー問題関連のコンテンツがたくさんあります。
第4の革命 - エネルギー・デモクラシー|100%再生可能エネルギーシフトは可能!ドイツを変えたドキュメンタリー映画
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2012年7月26日木曜日
アスファルト・コンクリートと瓦の蓄熱。
自転車や車などで移動する際に、あると便利なのがアスファルト・コンクリートで舗装された道。石がごろごろしてるような道に比べれば安定して走れるし、雨の後、水たまりでタイヤがどろどろになることもありません
うちの近所に限っていうなら、庭のほとんどをアスファルト・コンクリートで舗装してある家が少なくありません。車の駐車スペースとして使いやすいし、雑草が生えにくい、冬は雪が溶けやすいという利点があるせいでしょうか。そして、家と家の間にある道路は公道も私道もコンクリート舗装。「土」が見えてるのはプランター表面と畑と田んぼ、土手の一部、山道、といったところです。昔ながらの田舎でさえ相当にコンクリートな地面が増えてますから、都市部では土の表面を見るのって貴重なのかも、と想像したりします
以前はあまり気にしてなかったのですが、猫を飼い始めてからというもの、特に夏場は近所の道の表面温度が気になるようになりました。晴れた日の日中はもちろん、夕方、日が暮れてからも、アスファルト表面はほかほかと熱を放っています。散歩に行きたがって一緒に出かけてみた猫も、あまりの暑さに立ち止まり、涼しい場所を求めてはそこで長時間の休憩…。となると、散歩がなかなか終わらないので、夏の夕方のわたしは、アスファルトに手を置いて温度をたしかめては散歩時間を入念に見極めるようにしています。
それにしても、夏の夕方、アスファルトからたちのぼる熱気を感じつつ家々のエアコンのファンが音をたててこれまた熱気を放っているのをみると、至極単純に「これじゃ地球が温暖化しても仕方ないね」と思ってしまうのですが、数字にしてみると、このアスファルトの蓄熱ってたとえば土に比べてどれくらいなんだろう?とネットで調べてみました。
で、見つけたのが、滋賀県立大学大気水圏研究室の卒業論文「人工陸面の熱物性と大気加熱への影響」の要約。平成6年度卒業生、速水峰彦という人による研究です。ものすごくざっくり言うとアスファルトやコンクリートと瓦の表面温度や蓄熱特性を土壌と比較して、大気への影響を予測したもののようで、結論から言うと、
この研究でちょっと面白いのは、「瓦」を比較対象にしていることで、これについては、
ところで、この「蓄熱」って観点から見た時、太陽光パネル(太陽電池)はどうなんでしょう?日本の屋根や土の上にどんどん太陽光パネルが増えていきそうな今日この頃、住まいや環境への影響がすこし気になってます。
関連リンク
人工陸面の熱物性と大気加熱への影響
速水峰彦(滋賀県立大学大気水圏研究室 平成6年度卒業論文)
うちの近所に限っていうなら、庭のほとんどをアスファルト・コンクリートで舗装してある家が少なくありません。車の駐車スペースとして使いやすいし、雑草が生えにくい、冬は雪が溶けやすいという利点があるせいでしょうか。そして、家と家の間にある道路は公道も私道もコンクリート舗装。「土」が見えてるのはプランター表面と畑と田んぼ、土手の一部、山道、といったところです。昔ながらの田舎でさえ相当にコンクリートな地面が増えてますから、都市部では土の表面を見るのって貴重なのかも、と想像したりします
以前はあまり気にしてなかったのですが、猫を飼い始めてからというもの、特に夏場は近所の道の表面温度が気になるようになりました。晴れた日の日中はもちろん、夕方、日が暮れてからも、アスファルト表面はほかほかと熱を放っています。散歩に行きたがって一緒に出かけてみた猫も、あまりの暑さに立ち止まり、涼しい場所を求めてはそこで長時間の休憩…。となると、散歩がなかなか終わらないので、夏の夕方のわたしは、アスファルトに手を置いて温度をたしかめては散歩時間を入念に見極めるようにしています。
それにしても、夏の夕方、アスファルトからたちのぼる熱気を感じつつ家々のエアコンのファンが音をたててこれまた熱気を放っているのをみると、至極単純に「これじゃ地球が温暖化しても仕方ないね」と思ってしまうのですが、数字にしてみると、このアスファルトの蓄熱ってたとえば土に比べてどれくらいなんだろう?とネットで調べてみました。
で、見つけたのが、滋賀県立大学大気水圏研究室の卒業論文「人工陸面の熱物性と大気加熱への影響」の要約。平成6年度卒業生、速水峰彦という人による研究です。ものすごくざっくり言うとアスファルトやコンクリートと瓦の表面温度や蓄熱特性を土壌と比較して、大気への影響を予測したもののようで、結論から言うと、
コンクリートやアスファルトは土壌よりも熱伝導率が2倍で、熱容量も3倍近くも大きく、蓄熱性が高いことがわかった。
コンクリート・アスファルトは日中に多くの熱を物質内部へと蓄え、夜間に放出していると考えられる。その結果大気の加熱効果はコンクリート・アスファルトで最大2℃/時間程度はあると試算された。とのこと。つまりは、アスファルト・コンクリート(コンクリート・アスファルト)は土壌よりも蓄熱性が高く、昼に蓄えた熱を、夜放出している(と考えられる)、という結果で、わたしたちの一般的な感覚にかなり近いのではないでしょうか。
この研究でちょっと面白いのは、「瓦」を比較対象にしていることで、これについては、
瓦の熱伝導率・熱容量は土壌とほとんど変わらなかった。
瓦による蓄熱効果は小さく、大気加熱の効果はほとんどない。となってます。蓄熱についてみると、瓦は土壌とほとんど変わらない。瓦=土と、強引に単純化すると、瓦って縦穴式住居とか、人間が土の中に住んでた頃の名残なのかしらん、なんて思えたり、瓦って一種の断熱材的な役割があるのかあと、しみじみしたり。飛躍してるとは思いますが、人が住まいに求める熱特性は昔から変わらないのかしら、なんて思えたりもします。
ところで、この「蓄熱」って観点から見た時、太陽光パネル(太陽電池)はどうなんでしょう?日本の屋根や土の上にどんどん太陽光パネルが増えていきそうな今日この頃、住まいや環境への影響がすこし気になってます。
関連リンク
人工陸面の熱物性と大気加熱への影響
速水峰彦(滋賀県立大学大気水圏研究室 平成6年度卒業論文)
2012年7月23日月曜日
その後の睡蓮鉢。
今年5月からはじめた睡蓮鉢は現在、左の写真のようにとても元気です。といってもここまで来るのに、数々の出来事がありました。
まず、当初入れてた睡蓮はまもなく枯れてしまったため、新しい鉢へと交換。それも「たぶん今年は花は咲かないでしょう」と店員さんに説明されながらも、その鉢を選んで買って来てしまった父…。店員さんの予想どおり、一応ついてた花芽はやがて元気をなくし、とれてしまいました。
が、とにかく鉢についてた育て方の説明どおり、根元に太陽の光があたるようにしていたのがよかったのか、次々に葉っぱが増え、いまではもう睡蓮鉢全体を覆いそうな勢い。特に今月、暑くなってきてから勢いがあるような気がします。睡蓮て暑いのが好きなのかも。
一方の金魚たちはというと、まず、先日の記事で書いた水中の酸素問題については、水草(特にマツモ)が生い茂るにつれ解決したようで、水面でやたらと口をパクパクさせることはなくなりました。つまり、金魚のブクブク(エアレーションポンプ)は用意したものの、出番がなくなってしまいました。「太陽光で発電して→エネループに充電して→その電気でエアレーションポンプを動かす」システムにかなり自己満足してましたけど、それをよりスマートにやってのけるのが水草なわけで。それとそう、金魚の数を当初の8匹の半分にしたのもよかったのかもしれません
とまあ、睡蓮は元気になり、金魚も落ち着いてきて、なんとなく気抜けしてたところ、季節は夏本番、睡蓮鉢の水温も30度を超える日が増えてきました。手元の金魚関連本には、水温は30度までとあるので、じょうろを使っての水換えをまめにしたり、睡蓮鉢に傘をかぶせてみたりして、なんとか冷やそうと努力。しかし気温とともに水温は上がり続け、昼間にはもう35度近くになることも。金魚は一見元気そうなのですが、睡蓮の根っこ付近のとても浅くて目立つところに身を置くことが増え、これは何のサインだろう、と思っていた矢先、悲劇が。金魚が一匹、行方不明になりました。涙
うちの庭には蛇もいますし、鳥もたくさん来ます。最近では、ムジナも出没してたし、そうした動物たちに食べられちゃった可能性は大。夜は網をかけとくとか、できることはあったのになあと悔やみつつ、今は水温問題もあるので、睡蓮鉢を移動させることにしました。涼しくて、より人の気配がある場所へ。
陽が高くなって束の間だけ光が差し込むこの場所だと、睡蓮鉢そのものというか、陶器の部分には日光はあたらず、その代わり床下からの涼しい空気が陶器を冷やし続けてくれます。今のところ水温は30度を超えることはなく、金魚たちはいい感じに隠れててくれて、一安心。
しかも。睡蓮は新しいつぼみをつけました。咲くかな、咲くといいな。
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金魚用のブクブク。
まず、当初入れてた睡蓮はまもなく枯れてしまったため、新しい鉢へと交換。それも「たぶん今年は花は咲かないでしょう」と店員さんに説明されながらも、その鉢を選んで買って来てしまった父…。店員さんの予想どおり、一応ついてた花芽はやがて元気をなくし、とれてしまいました。
が、とにかく鉢についてた育て方の説明どおり、根元に太陽の光があたるようにしていたのがよかったのか、次々に葉っぱが増え、いまではもう睡蓮鉢全体を覆いそうな勢い。特に今月、暑くなってきてから勢いがあるような気がします。睡蓮て暑いのが好きなのかも。
一方の金魚たちはというと、まず、先日の記事で書いた水中の酸素問題については、水草(特にマツモ)が生い茂るにつれ解決したようで、水面でやたらと口をパクパクさせることはなくなりました。つまり、金魚のブクブク(エアレーションポンプ)は用意したものの、出番がなくなってしまいました。「太陽光で発電して→エネループに充電して→その電気でエアレーションポンプを動かす」システムにかなり自己満足してましたけど、それをよりスマートにやってのけるのが水草なわけで。それとそう、金魚の数を当初の8匹の半分にしたのもよかったのかもしれません
とまあ、睡蓮は元気になり、金魚も落ち着いてきて、なんとなく気抜けしてたところ、季節は夏本番、睡蓮鉢の水温も30度を超える日が増えてきました。手元の金魚関連本には、水温は30度までとあるので、じょうろを使っての水換えをまめにしたり、睡蓮鉢に傘をかぶせてみたりして、なんとか冷やそうと努力。しかし気温とともに水温は上がり続け、昼間にはもう35度近くになることも。金魚は一見元気そうなのですが、睡蓮の根っこ付近のとても浅くて目立つところに身を置くことが増え、これは何のサインだろう、と思っていた矢先、悲劇が。金魚が一匹、行方不明になりました。涙
うちの庭には蛇もいますし、鳥もたくさん来ます。最近では、ムジナも出没してたし、そうした動物たちに食べられちゃった可能性は大。夜は網をかけとくとか、できることはあったのになあと悔やみつつ、今は水温問題もあるので、睡蓮鉢を移動させることにしました。涼しくて、より人の気配がある場所へ。
陽が高くなって束の間だけ光が差し込むこの場所だと、睡蓮鉢そのものというか、陶器の部分には日光はあたらず、その代わり床下からの涼しい空気が陶器を冷やし続けてくれます。今のところ水温は30度を超えることはなく、金魚たちはいい感じに隠れててくれて、一安心。
しかも。睡蓮は新しいつぼみをつけました。咲くかな、咲くといいな。
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2012年7月14日土曜日
再生可能エネルギーとのおつきあい。
先日、『第4の革命 エネルギー・デモクラシー』という映画を観ました。世界では、農耕革命、産業革命、IT革命に続く、第4の革命、エネルギー革命がいま起こりつつあるよ、というドキュメンタリー映画で、いわゆる再生可能エネルギー(太陽や風や水、バイオガスなどを資源とする)が既に各地で導入されており、さらなる普及が加速していくことを感じさせる内容でした。
わたしは世界の原発が一刻も早く停止して、安全な廃炉、そして核燃料廃棄物の管理技術が確立されればいいなと思っています。また地球温暖化問題と、いつかは訪れるとされる燃料資源の枯渇を思うと、火力発電もあんまりやらないほうがよさそうだなあ、と感じています。ということは、これからは再生可能エネルギーだっ!と一時は意気込んでいたのですが、昨年の東日本大震災後、自分なりにめいっぱい節電してみて思ったのは、「これまでの生活って電気に頼り過ぎだったのかもしれない」ということでした。再生可能エネルギーで発電するのもいいけど、そもそも各個人が電気を大切に使う、そうした節電力が集まればちょっとした発電所なみのエネルギーとなる。このことは昨年の夏、多くの日本人が体感したのでは、と思います。
さらに、「電気」について調べてみると、大規模な発電所で電気を作って遠くまで送る、現在の日本の発電&送電方式にはさまざまな無駄があります。例えば、電線にだって抵抗はありますから、遠くへ送ろうとすればするほど電気は少なくなってしまいます。また、交流で電気を送るのは「遠くまで電気を運ぶ」という点では直流より効率がよいのですが、最近のわたしたちの生活にはパソコンやスマートフォン、携帯電話など、直流を使用する電化製品もあって、そうした製品を使う場合は電線からの交流の電気を直流に変換する必要があり、この変換の際にまた電気が少なくなってしまいます。太陽光パネルや風力発電機には小型のものもありますから、各家庭や地域に設置して用途に応じて使い分けるとこうした電気のロスが減ることに。また、そうして電気をつくってる現場をみれば、電気を自然と大事に使うようになり、節電力がアップするかもしれません。
ところで、再生可能エネルギーには天候に左右されるという弱点があります。そこで重要になってくるのが「電池」。 映画『第4の革命』には電池の仕組みについてある女性が熱心に説明する場面が登場しますが、そのシーンを観ながらわたしは、「電池を上手に使わないと、再生可能エネルギーもエネルギーのゴミをたくさんだすことになるんじゃないかなあ?」と思っていました。しかし、映画サイトで調べてみると、このマリア・スカイラス=カザコスという女性は『バナジウムレドックスフロー電池』という電池の開発者で、なんとこの電池は、安全に(発火・爆発が起こらない)長期間(事実上30年!)能力を維持できる上に、大規模な蓄電(メガワット級が期待されている)が可能。さらにはバッテリー液が完全にリサイクルできるという、それ自体が持続可能、再生可能な性質を持った夢のような電池だそうです。
また、この映画での電気自動車は「動く電池」としても描かれています。電気自動車のバッテリー部が規格化され、どこでも充電&放電が可能になれば、再生可能エネルギーの安定供給に一役かう存在になるかもしれません。例えば、街で買い物して帰ろうかという時に、車のバッテリーが余ってると気づいたら、ある程度放電して他の人に分けてあげる、逆に、バッテリーが少なくなってることに気づいたら、近くの給電所で電気を分けてもらう。コンビニやスーパーマーケットの駐車場、街のコインパーキングなど、さまざまな場所が電気をシェアするための場所になりえます。
とまあ、この映画をみて、いよいよ再生可能エネルギーが身近になるなあ、で、ますますつきあい方を考えといたほうがいいなあ、という気持ちを強くしていた矢先、いよいよ日本でも電力小売りが全面自由化され、発電事業と送電事業が分離する、というニュースが!どうやらわたしたちは今まさに、第4の革命のさなかにいるようです。
現在日本各地で上映中。DVDも発売されています。
関連ニュース
発送電分離、新規参入促す 広域融通も容易に : 日本経済新聞
発送電分離の方針決定、家庭向け自由化も 経産省専門委 : 朝日新聞デジタル
電力改革方針が決まる、小売自由化・発送電分離 : YOMIURI ONLINE
2012年7月10日火曜日
原子力発電所のこと。
もうずいぶん昔の話になりますが、高校時代は物理の授業がかなり好きで、なかでも眼に見えない現象の存在を証明するタイプの実験には素直に感動してました。
そのなかの一つが放射線で、物理の先生が箱のような装置(ガイガーカウンターの一種だったのかな?)で音として放射線の存在を感じさせてくれたときは、ドキドキしました。小さな原子の世界で起こってる現象をこうしてひろえるなんてすごいなあと。
理数系の学科にいたこともあって、当時は核分裂やら放射性同位体のことはもちろん、E=mc2の公式でエネルギーと質量の関係については相当に計算して実感してたはずなのですが、「原子力爆弾はとんでもなく破壊力があるなあ、こわいなあ」と遠い世界のように思うだけでした。
今思うと、当時のわたしが原子力発電所のことをリアルに想像できてなかったなんて、悪い冗談のようです。時はチェルノブイリの原発事故が起きて間もない頃でしたが、ソ連は遠くにある国で、そこから出た放射性物質が地球をめぐってるなんて思いもしませんでした。さらには、わたしが通っていた高校から30kmも離れていない場所で原子力発電所の建設がはじまっていたのですが、そのことについてなにか考えた記憶は全くありません。
原発についてほとんど本能的ともいえる危機感を感じたのは、2007年に能登半島地震が起こってからのこと。が、単に、別の発電法について調べたり実践するのみで、事故が起こったらどうなるか、実際何がどう危険なのかは、調べてませんでした。原発自体や放射性物質の人体への影響について調べ始めたのは昨年の震災後のことで、調べれば調べるほど衝撃的な事実が明らかに。調べものは好きなほうですが、知れば知るほどあんなにつらくなる調べものは初めてで、これ以上は精神衛生上悪い、と、半年ほどでやめてしまいました。
でも。つい先日の大飯原発の再稼働については、能登半島地震の時と同じくらいの危機感を感じました。日本の国民なのに、福井県のすぐ隣県に住んでる住民なのに、そんなわたしの意見をまったく無視してコトが進められてしまったから。そしてなにより、福島の原発事故の惨状を知らないはずはない政治家たちが再稼働に賛成した気持ちや理屈がわからないから…。
というわけで、多少つらくても調べものを再開しようと思います。賛成派の人たちは何を感じ、考えているのか知りたいです。どうしても原発を運転しなければならない理由って何?
ところで、政府は原発政策の今後について、意見を募集してます。わたしのようなもどかしさを抱えてる方はぜひ意見を送ってみてください。以下のサイトから簡単に送信できます。意見募集期間は7/3まで。
話そう"エネルギーと環境のみらい"
追記(7/14) 意見募集期間は8/12までに延長されました。
そのなかの一つが放射線で、物理の先生が箱のような装置(ガイガーカウンターの一種だったのかな?)で音として放射線の存在を感じさせてくれたときは、ドキドキしました。小さな原子の世界で起こってる現象をこうしてひろえるなんてすごいなあと。
理数系の学科にいたこともあって、当時は核分裂やら放射性同位体のことはもちろん、E=mc2の公式でエネルギーと質量の関係については相当に計算して実感してたはずなのですが、「原子力爆弾はとんでもなく破壊力があるなあ、こわいなあ」と遠い世界のように思うだけでした。
今思うと、当時のわたしが原子力発電所のことをリアルに想像できてなかったなんて、悪い冗談のようです。時はチェルノブイリの原発事故が起きて間もない頃でしたが、ソ連は遠くにある国で、そこから出た放射性物質が地球をめぐってるなんて思いもしませんでした。さらには、わたしが通っていた高校から30kmも離れていない場所で原子力発電所の建設がはじまっていたのですが、そのことについてなにか考えた記憶は全くありません。
原発についてほとんど本能的ともいえる危機感を感じたのは、2007年に能登半島地震が起こってからのこと。が、単に、別の発電法について調べたり実践するのみで、事故が起こったらどうなるか、実際何がどう危険なのかは、調べてませんでした。原発自体や放射性物質の人体への影響について調べ始めたのは昨年の震災後のことで、調べれば調べるほど衝撃的な事実が明らかに。調べものは好きなほうですが、知れば知るほどあんなにつらくなる調べものは初めてで、これ以上は精神衛生上悪い、と、半年ほどでやめてしまいました。
でも。つい先日の大飯原発の再稼働については、能登半島地震の時と同じくらいの危機感を感じました。日本の国民なのに、福井県のすぐ隣県に住んでる住民なのに、そんなわたしの意見をまったく無視してコトが進められてしまったから。そしてなにより、福島の原発事故の惨状を知らないはずはない政治家たちが再稼働に賛成した気持ちや理屈がわからないから…。
というわけで、多少つらくても調べものを再開しようと思います。賛成派の人たちは何を感じ、考えているのか知りたいです。どうしても原発を運転しなければならない理由って何?
ところで、政府は原発政策の今後について、意見を募集してます。わたしのようなもどかしさを抱えてる方はぜひ意見を送ってみてください。以下のサイトから簡単に送信できます。意見募集期間は7/3まで。
話そう"エネルギーと環境のみらい"
追記(7/14) 意見募集期間は8/12までに延長されました。
2012年7月4日水曜日
ベン・ウィルソン『僕たちのバイシクル・ロード』
自転車というのはほんと、スバラシイ道具。徒歩よりだんぜん速く走れるのに、「自力で」移動した感覚が持てるわけで…。
そんな、「自転車」での世界一周旅行映画、きっと面白いだろうと、iTunesでダウンロード開始。で、よくよく映画の説明を読んでみると、「ドキュメンタリー映画」だということがわかり、「どうやって撮ったの??」「撮りながら世界一周!?」と驚きつつ観てみると、撮影機材を自転車にのせて運びつつ、自分たちを撮りつつ、の世界一周でした。時間にして、約3年の旅。単にラッキーともいえるかもしれませんが、こんな無茶でもなんとかなるなんて、世界はそんなに悪くないんじゃないかとも思ったり。いやあ、無事帰れてよかったです、ほんと(以下、若干ネタバレします )。
そもそもドキュメンタリー映画って基本的につまらないことが多いかと思いますが、この映画は、自分たちで撮ったにしては、よく編集されてるなあと思いました。それと、カメラが自転車についてることで、主人公たちと一緒に進んでる感覚が持てるシーンが多々。まさに、自転車からみえる景色がたのしめる映画という点ではかなり貴重かも。
といっても、次々と変わる景色に、やってくるトラブルに、ドキドキワクワクな映画体験ではあるのですが、よい子はマネしないでね、とも言いたくなる旅です。例えば、中国を走ってる時なんて、道に迷ったまま山に自転車で登るだとか、現地の人に地名すらしっかりきけない状態で走り続ける彼ら。気づけば、大気汚染が深刻な地域に突入して顔が泥だらけに(というか、相当、有害物質を吸い込んでるはず…)。
さらには、転倒して意識不明に。頭を縫ったり、髄膜炎になって現地で寝込んだり。自転車旅行は身体が資本ですから、そこで挫折してもおかしくなかったのに、途中で帰らなかったことが素晴らしくも呆れました。さらにさらには、所持金はユーラシア大陸を横断した時点でなくなったにもかかわらず、オーストラリアへ行こうとして「船のヒッチハイク」を試みる主人公たち。見事成功して、それ以降、大陸間の移動は全て同じ方法採用。んー、今の時代、飛行機を使わないこともすごいですが、徹底してお金も使わないこの姿勢にはびっくりです。お金に頼らない生活という意味ではこの主人公たち『ぼくはお金を使わずに生きることにした』の主人公といい勝負かも。
それにしてもほんと、観ると自転車で走り出したくなるような映画です。
関連リンク
映画『僕たちのバイシクル・ロード 〜7大陸900日〜』公式サイト
そんな、「自転車」での世界一周旅行映画、きっと面白いだろうと、iTunesでダウンロード開始。で、よくよく映画の説明を読んでみると、「ドキュメンタリー映画」だということがわかり、「どうやって撮ったの??」「撮りながら世界一周!?」と驚きつつ観てみると、撮影機材を自転車にのせて運びつつ、自分たちを撮りつつ、の世界一周でした。時間にして、約3年の旅。単にラッキーともいえるかもしれませんが、こんな無茶でもなんとかなるなんて、世界はそんなに悪くないんじゃないかとも思ったり。いやあ、無事帰れてよかったです、ほんと(以下、若干ネタバレします )。
そもそもドキュメンタリー映画って基本的につまらないことが多いかと思いますが、この映画は、自分たちで撮ったにしては、よく編集されてるなあと思いました。それと、カメラが自転車についてることで、主人公たちと一緒に進んでる感覚が持てるシーンが多々。まさに、自転車からみえる景色がたのしめる映画という点ではかなり貴重かも。
といっても、次々と変わる景色に、やってくるトラブルに、ドキドキワクワクな映画体験ではあるのですが、よい子はマネしないでね、とも言いたくなる旅です。例えば、中国を走ってる時なんて、道に迷ったまま山に自転車で登るだとか、現地の人に地名すらしっかりきけない状態で走り続ける彼ら。気づけば、大気汚染が深刻な地域に突入して顔が泥だらけに(というか、相当、有害物質を吸い込んでるはず…)。
さらには、転倒して意識不明に。頭を縫ったり、髄膜炎になって現地で寝込んだり。自転車旅行は身体が資本ですから、そこで挫折してもおかしくなかったのに、途中で帰らなかったことが素晴らしくも呆れました。さらにさらには、所持金はユーラシア大陸を横断した時点でなくなったにもかかわらず、オーストラリアへ行こうとして「船のヒッチハイク」を試みる主人公たち。見事成功して、それ以降、大陸間の移動は全て同じ方法採用。んー、今の時代、飛行機を使わないこともすごいですが、徹底してお金も使わないこの姿勢にはびっくりです。お金に頼らない生活という意味ではこの主人公たち『ぼくはお金を使わずに生きることにした』の主人公といい勝負かも。
それにしてもほんと、観ると自転車で走り出したくなるような映画です。
関連リンク
映画『僕たちのバイシクル・ロード 〜7大陸900日〜』公式サイト
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